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バロック時代

16世紀から17世紀にかけて、精神異常をきたした集団がやってくると音楽隊や踊り手たちを使って「タランテラ」という舞踏を、日の出から正午まで集団がくたくたに疲れ果てて静まるまで躍らせる(躍らせる、鎮静、躍らせる、という動作を繰り返させて治療)という音楽を使った治癒方法が南イタリアで発祥しヨーロッパで行われるようになりました。これは音楽が持つカタルシス効果を利用した音楽療法の一つとして今日でも良く知られています。
尚、このタランティズムは音が外れていたり、リズムが狂うと効果がなくなったことから、「音楽の質」もまた治癒という観点から見た場合重要であることを証明するものとなりました。

(Pieter Breughel the Younger)

17世紀~18世紀はデカルトの機械主義的哲学とバロック時代の音楽審美的理論の影響が融合し、音楽療法の理論の基礎が築かれました。音楽は肉体の核にある「動物精気(Spiritus Animales/アニマル・スピリッツ)」を調整することができるため、心の状態に直接影響を及ぼす能力を持つものだと考えられていました。そして当時の医学においては「病は物質的な根拠を持たず、生命精神=生気の乱れがすべての根源である」という、所謂「生気論者の概念」が主流となっておりましたので、音楽は心の「前知的領域」(今日でいう潜在意識)に直接働きかけることができる治療手段として非常に高く評価されていた、とオスロ大学のルード教授は説明しています。("Music Therapy: Health Profession or Cultural Movement", Even Ruud, 1988)
更に音楽の治療的効果が最初に体系的にまとめられ、今日の音楽療法の基盤を作ったた書籍『医療音楽』Medicina Musica: or, a Mechanical Essay on the Effects of Singing, Musick, and Dancing, on Human Bodies が、イギリスの薬剤師リチャード・ブラウンRichard Browneによってロンドンで1729年に出版され、広く世間に注目されたことも特筆に値します。
1729年のロンドンといえば、1712年にイギリスに移住したバロック音楽の巨匠ヘンデルがヨーロッパ中で大々的に人気を博して活躍していた時代です。ヘンデルがR.ブラウンの『医療音楽』を知っていた可能性は充分考えられます。

(ヘンデルの肖像/Balthasar Denner, "Portrait of G.F.Handel", 1726-1728)

また、バロック時代に音楽が治療効果のあるものとして考えられていたことを証明する例としてしばしば挙げられるのが、スペイン国王フェリペ5世と歌手ファリネッリのエピソードです。
激しい憂鬱症に陥ち入り政務が遂行できなくなったスペイン国王フェリペ5世(Felipe V, 1683-1746)を、1737年にマドリードに招かれ当世一の人気を誇っていた去勢歌手(カストラート)のファリネッリ(1705 – 1782)が、毎晩歌を歌って「治療」していました。

(ファリネッリの肖像/ Corrado Giaquinto, "Farinelli", 1755)

(フェリペ5世の肖像/Jean Ranc, "Felipe V", 1723)

ファリネッリはフェリペ5世が好む僅か4曲の楽曲だけを毎晩国王が寝る前に寝室で子守り歌代わりに10年近く、3000夜以上にも渡って国王が亡くなる日まで歌い続けたそうです。>>NEXT